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  • 海の産屋HP編集部

「海の産屋」公開記念トーク

2018年1月2日から、東京東中野の「ポレポレ東中野」で上映されていた「海の産屋―雄勝法印神楽」には、多くの皆様にご来場いただき、誠にありがとうございました。1月7日にゲストでお越しいただいた、本作のプロデューサー手塚眞さんと、手塚さんの奥様で漫画『陰陽師』作者の岡野玲子さんのトークをまとめました。

お二人の、雄勝に対する熱い思い満載の内容になっておりますので、是非ご一読ください。



雄勝への思い

                  手塚眞(ヴィジュアリスト・本作プロデューサー)

                  岡野玲子(漫画家)


北村「本作プロデューサーの手塚眞さん、それから、奥様であり漫画「陰陽師」の作者岡野玲子さん、お二人に来ていただいております、お二人に短い時間ですけれども、この雄勝に対する思い、またどういう形で、この雄勝の神楽にはまったのか、といったようなことを語っていただけたらと思います。手塚さんと岡野さん、よろしくお願いいたします。」

手塚「本日はようこそ『海の産屋』にいらしていただきまして、ありがとうございます。明けましておめでとうございます、手塚眞です。」

岡野「岡野玲子です。」

手塚「こうやって夫婦二人で話すことは、あまりしないんで、夫婦漫才になっちゃったら申し訳ないんですけれども…。

まず最初に私の方から、簡単にこの作品が生まれるまでの経緯をご説明いたします。2010年、震災よりも1年前なんですけれども、この雄勝法印神楽の初めての東京公演がございまして、国立劇場で半分以上の演目を上演いたしました。私たち実は、そこで初めて、この神楽を見たんですね。もともと岡野は、神社仏閣系の漫画を描いたりしてまして、私もそういうの、神楽みたいなものとか、民俗芸能はすごく興味があるもんですから、よく見ていたんですけれども。この雄勝法印神楽は、本当にびっくりしまして、今まで見たことないような神楽だったわけですね。映像で今日も見て頂きましたけれども、まあ普通神楽って言うと、巫女がシンプルに舞ったりするようなものが多いんですけれども、しっかりした物語性があるだけではなくて、刀を振るったり、それから手印をやったりですね。本当にいろんな要素が詰まってまして、しかも、演出が見事で、エンタテイメント性にもあふれているという事で、ものすごいびっくりしたんですね。」

岡野「そうですね。神楽師の皆さんは、普段は普通に自分のお仕事を持っている方々なんですけれども、その合間に練習をして、それで身に付けられているんですが、神楽自体はとてもそんな、仕事を別に持っていて神楽を舞っているとは思えないほどのね、その体力とか、集中力とか、技術とか、センスとか、そういうものが必要なものだったんですね。それだけでなくて、演目の作り方がとても数学的。映画の中で悪鬼が三人出てきて、三節の棒を持って暴れるというシーンをご覧になったと思いますけども、その棒の使い方も修験が元にあるので、無駄がない、すごく計算された舞いで、そんなもの見たことなかったので、ほんとにびっくりしました。」

手塚「それで私が、自分のブログにその事を書いたんですね。そうしましたら、すかさず保存会の方から、お返事がありまして、是非地元の方でも見て下さい、とご紹介があったものですから、見に行こうと思っていたんですけれども、その年がどうしても忙しくて行けなくて。じゃあ翌年に見に行こうと思っていたところ、東日本大震災が起きてしまったんですね。」

岡野「それはとても驚き心配しまして、雄勝の人たちは一体どうしただろうと思って、テレビやネットで毎日探して。小さい海辺の町なので、記事も映像も何もなくて。実は、映画の中に出てらっしゃいましたけれども、阿部久利さんと言う神楽師さんの「法印神楽な奴」というブログが震災直後も生きてたんですね。そのブログを訪ねて、「心配してますけど、みなさんご無事ですか?」って書き込みましたところ、「神楽師のみなさんは、保存会の会長さんが残念ながら行方不明だけれども、他の方たちはみなさん無事です」、というお返事をいただきまして。それから、神楽師さんと交流が始まって。何か力になれないかと思いまして、その直後にあったシンポジウムで復興支援の募金を募りました。そしたら思いがけないことに、25万円というお金が集まりました。そのお金、みなさんが少しずつ下さったものだったので、ほんとにわたくしには大変重たいものに感じられまして、一晩かけて手紙を書いて、「みなさんが復興の支援として下さったんですけれども、受け取っていただけますか」とメールを出しました。そうしたら神楽師の阿部さんが、ありがたく受け取って、それを起爆剤にしたい、っていう事で、宮司さんも動かれて、即、銀行の口座を立ち上げて下さって。当時は、銀行も神楽があった証拠も津波で流されて何も残ってなくて、口座を立ち上げるのも大変だったそうですけれども、そこに最初にお金を入れさせていただきました。そしたら、支援金受付の口座を立てたという事が良かったのか、いろんなところから支援のお金とか、お声がかかってですね、2016年の秋には、神楽に関しては完全復興を遂げられています。」

手塚「映画でも紹介されているんですけれども、結局その被災された方々は、非常に強いショックを受けられていて、すぐには復興というところまで頭が回らないんですね。もう日々の暮らしをどうしようか、っていうところでほとんど終わっていたところがあります。そこへ全国からいろんなボランティアの方々が集ってきました。幸いなことに、立浜というところには、本当に多くのボランティアの方が入って来まして、町の方々が復興を具体的に始められる前から、支援を始めてるんですね。そういうよその方々の働きを見て、自分たちも頑張らなきゃ、という気持ちを起こす、という状態だったんです。ですから、彼女が今説明した通りで、支援しましょうと言っても、どう受け入れていいか分からない、というところから、実は始まりました。彼女もほんとに頑張って、手拭いを作って売ったりして、寄付しましょう、支援に回しましょうという事をした。

ちょうど同じ頃に日本ユネスコ協会連盟さんが、東北の被災地の、文化財と民俗芸能の復興に対する支援を始めました。町そのものではなくて、あくまで民俗財に対する支援という事でプログラムを組みまして、その中にこの、雄勝法印神楽も入ってくるんですね。まあかなりの金額で支援していこう、という事が決まりまして、それで当人たちも勢いづいて、頑張って行こうという事になる訳です。

この話も最初聞きまして、町の復興の前にまずお祭りの復興という話で、なんか順番が逆なような気がちょっとするんですけれども、でも行ってみてわかるんですけれども、ほんとにこの映画が描いている通りで、まずはお祭りからなんですね。」

岡野「私は陰陽師という漫画を描いているものですから、何もない所に一から人間が生活の場を作るためには、やはり自然と人間との間に“結び”を作らなければいけないというのが、わたくしは分かっていたので…、東京に住んでいる、被災していない人間が言うので伝わるか心配ではありましたけど、その土地にまず太鼓の音と笛の音が鳴り響いて、それから始まって、人間とその土地の神霊との良い関係を結べるというのが分かっていたので、勇気を持ってご連絡いたしました。」

手塚「そういう動きがある中で、その日本ユネスコ協会連盟さんがですね、私たち夫婦が、法印神楽の心配をしているという事を聞きまして、それだったら、祭りの復興の様子を映像に記録として残して映画にしてほしい、というような話になりました。それで2012年ですね、ちょうど復興から1年経って、今日の映像を撮るために、北村監督、戸谷監督と、一緒に雄勝の方に参りまして、お祭りの復興までを取材させていただいた、というところから、スタートしたわけですね。それで一度、私の方でそれをまとめまして、「雄勝―法印神楽の復興」という60分ほどの作品に完成させました。それから5年が経って、北村監督がもう一度自分の視点からまとめ直したい、という事で、戸谷監督と一緒に仕上げたのが今日の作品でございます。

私たち夫婦はその後もですね、毎年、雄勝に行っております。2012年から5年経ちますけれども、必ずお祭りに参加して、神楽も拝見させていただいて。昔は十五浜と言われていて、15の浜があったんですね。今は13浜なんですけれども、浜ごとにお祭りあります。毎年やるところがあれば、2年に一度とか、5年に一度お祭りをやるという、そういうサイクルもあります。今年の春はどの浜で、秋はどの浜で、というような形ですね。そういう形なので、必ず毎年同じところであるというものではないんですけれども、この立浜はですね、非常に被害が大きかったという事と、やっぱりこのお祭りをやれたという事で、元々村にいた人たちの気持ちも一つにまとまった、という事もありまして、その気持ちを毎年確かめていきたいと、春に毎年やってるんですね。」

岡野「そうですね。今はお祭りができない浜があるので、お祭りのある浜に、雄勝から離れてしまった人たちが集まって、御親族の方とか友達とかが今どうしているの?って、そういうお互いの息災を確かめたり顔を合わせてお話をする場所になってきてますね。」

手塚「やはりお祭りをすごく大事に考えて、そこに集まる。ただやっぱり、これは実際問題として、村の人たちだけではできません。」

岡野「そうですね。」

手塚「手が足りなさすぎます。神輿担ぐにしても、あの神輿とても重いんですね。担ぐのも大変なので、若い人たちの力もなきゃいけないんですけれども、それほど村に若い人がいないんです。ですからボランティアの方とか、お手伝いに来ている方々の力を得て、ああいうお祭りを続けているというような状態です。まあそれでもやっぱり中心になるのは、元、村にいた人たちで、まあ主に漁師さんですね。」

岡野「ええ、そうです。ボランティアに来た方たちも、なぜかね、本当に浜が好きになってしまうので、毎年ね、手伝いに行かずにはいれなくなってしまうんですね。立浜の場合は、愛知の団体の方が毎年入ってくださって。」

手塚「バスでね、何十人か、すごい人数で駆け付けてくるんですね。それで準備から一泊して、お祭りをやって、帰って行くという方々がいるんです。ほんとにそういう方々の力も得て、村が復興して行っている感じです。

現実的に生活自体はどうなってるか、と申しますと、仮設はもうだいぶなくなりました。まだ一か所二か所残ってますが。」

岡野「はい、住んでる方もいらっしゃいますね。」

手塚「だいぶ仮設からははずれて、石巻の中に新しく住宅を設けている人もおりますし、あとは、少し海岸線から上がったところに、新しく土地を作ってですね、そこに家を建てて暮らし始めている人も」

岡野「そうですね、そういうお宅が増えだして、新しい新築のうちに住んでいらっしゃる方たちもいます。」

手塚「ただ、おそらく震災前の形にはもう戻らないような感じですね。」

岡野「そうですね。」

手塚「圧倒的に人が離れてしまいました。被害が一番少なかった大須というところでさえ、非常に若い人が減っておりまして、震災前に完全に戻るという事は、かなり見通しとしては遠いとは思うんですが、ただ、そこに残っている方々は、新しくその自分たちの生き方って言いますか、生活をちゃんとそこで作って行こうという、強い意志を持って暮らしていらっしゃいますね。」

岡野「そうですね。30代の方たちも、町を復興させるために頑張っていらっしゃいます。二つだけ私お話してもいいですか?」

手塚「どうぞ。」

岡野「こちらに今持って来ました、この絵馬なんですけれども、これは2010年の国立劇場で公演されたときの記念に作られた絵馬なんですけれども、阿部久利さんが持っていらっしゃったものです。ご自宅に置いてあったものなんですが、津波でお家の方は流されてしまって、まったく残ってなかったんですね。それで、お家の跡地にやっと3週間ぶりに行ったところですね、この絵馬と、雄勝法印神楽に関するご本が奇跡的に流されず、家のあったところに残っていた。だから、これは津波で残った絵馬の一枚なので、ほんとに貴重なものです。絵馬に描かれている神楽は「橋引」という神様と人間が助け合って橋をかける演目で。もしよろしかったら、あとでご覧になってください。

あともう一つ、立浜で、2016年にあったお話を是非伝えさせてください。2016年の立浜のお祭りは、やはり春に行われましたけれども、その日は雨が降っていて、結構雨が降ってたんですね。その雨の中でも神楽は舞われていて、私たちはテントの中で見ていました。私の隣には、面を彫ってくださった、雄勝出身で蔵王に住んでいらっしゃる面打ち師のご夫妻が座ってらっしゃったんですね。隣に奥様がいらっしゃって、その奥に面打ちのご主人がいらっしゃって、その奥にもう一人いらっしゃった。その雄勝出身の方が、お酒を飲んで酩酊されながら、その雨の中でも神楽を見ていたんですね。そのおじさんが、しきりに私たちの方にお話かけてきてくださって、それはとてもきれいな、美しい顔で、「俺はねえ、ここに来るのが楽しみなんだ。この神楽が俺の、心の元気の素なんだよ、これに来るのがほんとに一番好きなんだ」そして、「俺はねえ、海はねえ、人間にもっと良くなっていい、って言ってると思うんだ」って、ずっとお話してくれるんです。もう、神様がお話しているみたいで、その話をずっと聞いていました。

で、隣にいた面打ち師の奥様が、その方にお話かけて、「あなたどこの出身なの?」って。そしたら大浜というところで、「じゃあ私と一緒じゃないの」、っていう話になったんですね。「誰の子なの?」「だれだれの子なんだ」、「じゃあ私のいとこじゃないの!」。そしてその奥様が私に言うんですね。「あの人は、私のいとこなんだけれども、あの方のお母さんから、震災の日に電話があった。ひ孫が生まれたんだよ、って。3月11日の11時に生まれたんだ、って言って電話がかかってきたんだ」って言うんですね。「人間はもっと良くなっていい」と言ったその方にとっては、お孫さんだったわけです。生まれた場所は雄勝だったんですけれども、実は、そのお孫さんと娘さんは、津波で流されて亡くなってしまった。おばあさんも亡くなってしまっていた。その日のうちに、3人も御親族を亡くされてた方だったんですが、「海が、人間は良くなっていいんだって言ってると思う」、って心からおっしゃっていたお顔は忘れられなくて。その話を聞きながら、5年経ってやっと、よそ者の私たちにも自分の事をお話してくださるようになって、行き続けて良かったな、って思っています。

毎回ね、行くたびに、だんだんお話をしてくださる方が増えてきているので、それを、伺う役に立てたらいいな、って思っています。」

手塚「いろいろお話をしたいんですけれども、そろそろ時間だという事になります。最後に、保存会の方々が今どうなっているかと言いますと、皆さん元気にやっておりまして、若手が育ってきています。次の世代が、確実にこれを継いで行くということで、うまくもなっていってるんですね。」

岡野「そうですね」

手塚「いい神楽をまた若手が舞うようになってますから、まだまだしばらくは、これをやってく形になるかと思います。ほんとに雄勝はとても素敵なところです。とても美しい場所です。ちょっと東京から行くのは大変なんですけれども、逆に大変だからこそ行く甲斐があります。今日の、神楽の映画ご覧になって、実際に生で見たい、という方がいらっしゃったら、是非とも現地の方に足をお運びになって、村の方々と一緒に見て頂きたいと思います。いろいろ得るものがあると思いますし、私たちも実際に見て、すごく勉強させられました。いろんなことを、考えさせられましたので。」

岡野「ええ。何しろ元気になります。力がつきますね。土地と海と浜の皆さんのエネルギーと言いますか。」

手塚「という事で、ちょっと今日は短い時間ですが、お話を聞いていただきましてありがとうございました。最後になりましたけれども、こういう機会を作っていただきました北村監督と戸谷監督に、改めてお礼を申し上げます、ありがとうございます。」

北村「こちらこそ、どうも。」

手塚「皆さんも本当に、ありがとうございました。」

北村「本当に雄勝への愛情のこもったお言葉を色々頂きまして、ありがとうございました。本当にお二人のおかげで、この映画ができたと思います。感謝申し上げます。手塚夫妻のおしゃっていたように、みなさまも実際に雄勝を訪ねていただけたらというふうに思います。どうもありがとうございました。」